伝統産業のこととか

 東山区で活動を開始して早1ヶ月、やっぱり感じるのは東山区が「歴史の街」「伝統の街」ってこと。

 特に、京焼・清水焼に代表される、伝統的工芸品産業に従事する人口の多さには驚かされます。
 かつての隆盛を誇った時代を知っている人に話を聞くと「もう、ほとんど終わりかけ」「今となっては、ごく一部の人たち」という評価もありますが、私のように最近になって東山区と関わりを持つようになった者からみれば、まだまだ終わってなんかいない、地域経済・地域社会の「もう一つの主役」として位置づけるべき分野だと思います。


 さて、今日は五条坂河井寛次郎記念館に見学に行ってきました。
 大正から昭和にかけて、京都を拠点に活動した陶芸家・作家です。
 「暮しが仕事 仕事が暮し」の言葉を残し、日常的な暮らしの中で使われてきた手仕事の日用品の中に「用の美」を見出し・活用する「民芸運動」に共感した河井?次郎。その本人が住まい・仕事をした自宅が、そのまま記念館として一般公開されています。


 今は使われていませんが「登り窯」もちゃんと残っています。
 いざ焼こうと思ったら、24時間休みなし×3日間、といった作業ですから、お弟子さんも含めて人海戦術で焼いていたんでしょうか、とにかく大きくて『いっぺんにたくさん焼けたんだろうなぁ』という印象を受けました。

 さて、伝統的工芸品産業の話です。

 私が穀田議員の秘書時代、穀田議員が伝統工芸品の振興に強いこだわりを持っていたこともあり、伝統工芸品に関わる国会質問を作成するお手伝いをさせていただいたことが何度かあります。

 伝統工芸品を支援する国の法律として「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」という、経済産業省が所管する法律があるのですが、法律の支援対象が「工芸品をつくる産地」と「工芸品を作製する職人さん」に限定されていて、例えば、工芸品づくりに欠かせない『道具』や『原材料』が、条文に位置づけられていないという問題をとり上げたことがありました。

 その時の、大臣の答弁は「地方自治体が、支援計画の中で(道具や原材料を)位置づければ、後継者対策などと同様に、国が支援する」という、条文そのものの改正には至りませんでしたが、割と画期的な答弁でした。

 この答弁も一つの後押しとなり、例えば『西陣織』では、部品をつくる職人がいなくなってしまった古い西陣織の織機を京都市が保管し”リユース”する事業などが始まっています。

 東山区が産地として有名な伝統工芸品には「京焼・清水焼」そして「京扇子」「京うちわ」などがあります。
 今度は京都市会に活動場所を移し、伝統産業の分野でも、建設的な提案で実際に役に立つ仕事をしていきたいと考えています。