今日は、京都が誇る日本共産党の政治家・作家・労働運動家、「谷善」こと谷口善太郎の没後40年を記念した「墓前祭」と「しのぶ会」に参加しました。
写真は、大谷墓苑の特1区。谷善の墓前です。私の後ろにいるのは元市会議員の藤本貞子さん。
谷善について詳しく知りたい方は、こちらの本を読んでください。
党内では「谷口善太郎」と言えば「谷口善太郎」または「谷善」と、敬称を略するのが普通になってます。
ちょうど「夏目漱石」や「福沢諭吉」を呼び捨てにしたり「漱石」「諭吉」と略して呼ぶような感じでしょうか?「夏目さん」とか「福沢先生」とか、敬称つけて呼ぶと「はぁ?馴れ馴れしいなぁ!?知り合いかよ?」と違和感を感じるような、そんな感覚です。
「谷善」と言えば、京都の共産党の創設者であり、伝説の人物であり、党の歴史上の偉人なので、私みたいな若い党員なんかにとっては畏れ多すぎて「さん」とか「議員」とかの敬称をつけて呼ぶことに違和感を感じる・・・まぁそれぐらい、すごい人ってことです。
ところが、東山区内で行動をしていると「谷善さん」とか「善さん」とか、とにかく親しげに「谷善」の思い出話をするお年寄りにしょっちゅう出会います。実際に「個人的にお知り合い」だったりするんです。昨日もそんな方のお一人にお会いしました。私が名刺を渡すと「ちょっとまっててや~」と家の中に戻って、真新しい『谷善と呼ばれた人』を持って「本屋で買ったんや、うちの親父の会社のことも載ってたし」と・・・いかに党外の人たちの中に飛び込んで・溶けこんで・愛されていたのかと、驚愕することしきりです。
「谷善」は没後40年
「小林たかひろ」は若干39歳
ということで、私なんかが「谷善」について語ると、党内の諸先輩方から失笑を買うのではないかと冷や冷やモノですが、あえて勇気を振り絞って言わせていただきます。
小林たかひろ、谷善から続く「東山区の革新の伝統」を引継ぎ、全力で頑張ります!