高杉良「腐蝕生保」を読むための予備知識


腐蝕生保
  • 著:高杉 良
  • 出版社:新潮社
  • 定価:1890円
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書誌データ / 書評を書く
 生保業界、っていうか「金融」についてのバックグラウンドになる知識がある程度ないと、こういう小説は楽しめないんじゃないかなぁ、、、なんて事を思いながら読んだ。
 って事で、書評を書く前に、そのバックグラウンドになる知識をコバコバが解る範囲で解説して、この本を読むための一助にしてもらおうかと思った次第。 (なんか、自分で読んでても偉そうだな、、、気を悪くした方ゴメンなさい(>< )

 まずは『保険』とはそもそも何ぞやというお話。(ここでは民間会社による私的保険を指します)

 『保険』とは、、、
 病気や事故や災害、または経済的損失などによる経済的負担に備えるための制度。
 契約により保険料支払いなど所定の条件のもと、死亡した場合などにおいて保険金を受取人に支払うことを約束するものを指す。
 万一の時に備える『保険』で、一番身近な手段は「貯蓄」であるが、貯蓄ってのは、自分が貯蓄した分の金額しか受け取れない。(そりゃそうだw)それに対して、生命保険や損害保険は契約した時点から払い込んだ保険料に関わらず、契約した金額を受け取ることができる。
 誰がその金額を払うかといえば、見た目は保険会社が支払うわけだけど、本源的には契約者全員が払った保険料の中から保険事故を起こした契約者に対してその損失を補填してあげる仕組みなわけで「一人が万人のために、万人が一人のために」が「保険」という制度の本質なわけ。

  続いて、生命保険について。
 生命保険とは、昔は死亡保険だけを指していたけど、今では医療保険や年金保険などの新型商品も増えてきたので、保険の中で特に「人」に対してかけるものを指していると理解した方がいいらしい。それに対して「物」に対してかける保険が損害保険というわけだ。
 このごろじゃ損害保険でも「傷害保険」なんてのがあるわけだけど、こちらは損害保険の要件とされる「急激・外来」の損害という条件に拘束される。
 この『急激・外来』の条件に拘束されないというのが生命保険の最大の特徴だと僕は理解している。

 生保と損保の違い、特に資産運用に関わって。
 損害保険がほぼ一年単位の短期の契約であるのに対し、生命保険はそれこそ何十年という単位で保険料を支払う
 契約者から支払われた保険料に対して、保険金を支払うのは何十年後だったりするから、預かった保険料収入を何十年という長いスパンで運用することになる。
 生命保険会社が大きなビルや土地を持っていたり、大企業の大株主になっているケースが多いのはそのためだ。
 したがって預かる保険料も運用する資産も、生命保険の場合、損害保険と比べるとケタ違いに大きくて、例えば05年の損保各社の収入保険料合計が7兆4854億円・運用資産が約29兆円に対して、生保各社の保険料収入合計は約29兆円・運用資産が約210兆円と圧倒的に多く、しかも大規模災害などに備えるために準備金に余裕を持たせなくちゃいけない損保に対して、人間の死亡数なんかは毎年ほとんど変動しないことから生命保険会社の資産運用の自由度はすこぶる高い。「ザ・生保」は巨額の運用資産を背景に、大株主として日本経済に対して暗然たる影響力を持っているのだ。
 ちなみに生保トップの日本生命は保険料収入約4兆8000億・運用資産約51兆円と、1社で損保22社の合計を上回る。

 こんなことをとりあえず基礎知識として頭に入れておいて欲しい。
  ということで、肝心の書評を書いてみよう。

<この本の舞台>
  この本に登場する会社名や人名などはすべて仮名になっているのだが、「日本生命」⇒「大日本生命」、「三井住友銀行」⇒「五井住之江銀行」のように、ほとんどの場合モデルになる企業がある。
 政治家の名前や金融再編に関わるニュースなど、ほとんどモデルがいて、この数年間に起きた金融に関わる出来事を思い出させてくれる。
 時間があれば、すべての会社名や人名、事件名などを実在のものに書き換える「小説『腐食生保』を読むための用語集」を作りたいぐらいだが、たぶんそれをやっちゃうと作者みたいに名誉毀損で訴えられちゃいそうなので止めておこうw

<この本のあらすじ>
 主人公の「吉原」は、大日本生命の一選抜中の一選抜、まぁ超有能なサラリーマンで、ノルマ主義や古いシステムにしがみ付く会社の体質・特にトップにたいして強烈な批判精神を持っている。
 途中までは上手に立ち回り、順調に出世をしていくのだが、人事畑出身で人事権を武器に自分に逆らうものを次々と排除していく「人事マフィア」にして、他人の批判を受け入れられず会社を変革する度胸もエネルギーも無い小物である「鈴木」が社長に就任したのを機に、会社への批判を加速、ついに本部機構から営業支社への配転を言い渡される。
 一旦は腹をくくって営業支社でも最優秀の実績を上げ、本部に舞い戻るのだが、「鈴木」の後任に社長の腰巾着的人物である「川上」が就任したことから、ついに会社を辞める決意を固め、最後に危険な賭けをうつのだが、、、

 <この本の魅力=リアリティー>
 それにしても、圧倒されるのはこの本に描かれている働くサラリーマンの実態のリアリティー。特に営業現場の過酷なノルマ主義に苦しめられて自殺する支社長の話は、その前の章で登場する社長の超豪華海外旅行の描写との対比で、主役への共感を呼ぶ。
 しかもその登場する会社名や人名・出来事はほとんど実在のモデルが存在するのだ。これは金融・経済の勉強にもなる、っていうか勉強をすればこのリアリティーをさらに深いレベルで味わえる。

 <この本にチョッとだけイチャモン>
 ただねぇ、僕的にはこの主役「吉原」に100%の共感を寄せることは出来なかった。
 っていうのが、とにかく自分の能力を過信していてそこが鼻につくのと、素敵な奥様がいるにもかかわらず、ばれなければイイやって感じで「不倫」をするシーンが何度も出てくる。
 それから、
 「労働組合やたたかう労働者」
 「最下層でのたうち回っている低収入の労働者(派遣の事務員・歩合の営業職員)」
 「保険会社の内実などなにも分かっていないのに自分の収入の中のかなりの部分を家族や老後のためにせっせと保険料として支払っている善意の保険契約者」
 等の存在感の無さときたら、、、エリートサラリーマンの目線から一歩も外に出ていない感じで、少々残念。

 作者はこの小説を通じて、生命保険会社(とりわけ、業界トップの日本生命)に対して「今のままでは腐っている、変わらなければいけない」というメッセージを発していると思うのだが、同じメッセージならもっと本源的な部分、つまり「保険」とはそもそもなんぞや?って部分からの問いかけが欲しかったところ。

この本で物足りないのは
 「保険会社の社会的責任」は何か?
  「一人は万人のために、万人は一人のために」

   この精神を、思い起こさせるには到っていないということじゃないかと思う。

 まぁ、こんなことを書くと、作者以上に青臭いなあと思われるかもしれませんがw
(自分でもそう思うw)

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