半年目にして明かす、ブログタイトル変更の本当の理由

 離婚成立に当たり―ある審判官の思いやり溢れた言葉に感激
 こういう話を読むとジーンと涙が出てきてしまう。以下、一部引用

A審判官は、離婚成立に当たり、 私から当事者の方に「お願い」がありますと告げて、以下のお話をされたことです。私は、 上から押し付ける説教口調ではない「お願い」と言う表現に感激しました。

・ 不幸にも離婚に至ってしまいましたが、離婚したことは、何ら恥じることはありません。 いたずらに離婚に至った過去を悔やむより、新たに出発する今後の、将来のことに目を向けて下さい。

・お父さんにお願いです。母親とは離婚して他人になり、親権者が母親になり子供と離れた生活となっても、 父親と子供の親子関係は生涯続きます。父親としての自覚を決して忘れないで下さい。 そのために父親は決められた養育料をキチンと最後まで支払って下さい。時に支払が苦しくなるときがあるかも知れませんが、何とか、 頑張って支払を続けて下さい。

・お母さんにお願いです。養育料に不満を感じることがあるかも知れませんが、子供が病気になったり、或いは進級、 進学等でお金がかかるときは、お父さんに堂々と相談して下さい。またお父さんも相談に乗って下さい。

・最後にお母さんに一番大事なお願いですが、お父さんから養育料を受け取るのですから、決して、 自分一人だけで子供を育てているとは思わないで下さい。子供が物心ついたら、お父さんが養育料をキチンと支払って養育してくれていること、 お父さんはいつも君のことを思っていることを、決して、お父さんに見捨てられてはいないとことを伝え、 子供とお父さんの面会には出来るだけ協力して下さい。


○調停で養育料を取り決めても最後まで支払を継続する例は4分の1以下との統計もあり、 この状況是正に努めるA審判官のpublic servantとしての自覚の強さに大感激で涙がこぼれそうでした。

 ブログを書き始めてもうすぐ2年、初期のころからの読者の皆さんなら、もともとこのブログが 「親バカ党宣言」というタイトルで、FC2ではなくgooブログで書いていたこともご存知かと思う。(もしかして忘れたかな?)
 gooからFC2への引越しの理由はすでに書いたが、ブログタイトル変更の理由については明かしてこなかった。今日はそのことを書く。

 実はコバコバは去年の6月に離婚しています。そうです、×1です

 子供は元妻が引き取りました。親権・監護権ともに元妻にあります。ってことで、 今でも父親の自覚はありますが「親バカ」を名乗る資格はないと考え(当たり前か?)ブログタイトルを変更したというわけです。

 離婚の理由については、いわゆる「性格の不一致」で、 不貞や暴力などの夫婦いずれかが原因となる理由ではありません。
 その証拠に、いわゆる協議離婚で互いに慰謝料・財産分与は一切請求しない条件で離婚が成立しました。 (財産らしい財産はまったく無かったわけだけど、、、orz)

 昨年3月頭に別居を開始して、離婚成立まで3ヵ月。 たぶん平均的な離婚よりそうとう短期決着だったと思う。それでも、話し合いは噂に聞いた以上の泥沼で、ものすごいエネルギーを使いました。
 養育費なんか要らないから、とにかく「僕と会いたくない・(子供と)会わせたくない」と、代理人の弁護士を通じて主張し続ける彼女に、 いっそ、審判離婚に持ち込もうかとも頭をよぎったけど、とにかく「子供の福祉のため」とギリギリの妥協を積みかさねて、 今は毎月の養育費を振り込みながら、子供との3ヵ月に1回の面接交渉を認めてもらっている状態。

 でもって、今日がその面接交渉日で、上記の記事を昨夜読んだ直後だったってわけ。

 3ヵ月に1回でしかも1回につき30分の約束。
 約束の時間に少し遅れて約束の場所にやってきた元妻は、今現在どんな仕事をしているかとか、 どういう風に子供の面倒を見ているのかについて一切情報をくれていない。
 それでも、おそらくどこか工場などの現業の仕事をしているのだろうなぁと容易に想像がつく身なりで現れた彼女は、 出会ったころの服装もバッチリ決めて「オシャレ好き・遊び好きだった女の子」のイメージは一切消えうせていた。
 一人の子供を守るために命を削って生活している「母親」の姿がそこにはあった。(チョッとした化粧ぐらいはしてたよ。念のため)

 元妻から開口一番「昨日、この子風邪ひいて、 今も熱があるから出来れば時間を短くしてもらえないか?」とお願いされ「そういうことなら、 無理に連れ出さなくても来週でよかったじゃないか・・・」と言いたかったのをグッとこらえて「そりゃ仕方ない、 僕は一目見れればそれで良いよ」とだけ返事して、次の面接交渉にを2ヵ月後にしようとした彼女に3ヵ月後で構わないと言って、 彼女がコーヒーを飲み終えた15分後にはお別れをした。
 息子は熱があるといった割にはよく動き、よくしゃべった。今1歳9ヶ月、この年齢の3ヵ月の変化は想像をはるかに超えてくる。
 鼻水がズルズル出てたから間違いなく風邪を引いてたんだと思う。彼女がもう少し僕を信頼して、 1週間後に予定をずらしても揉める事は無いだろうと思ってくれれば、無理やり連れてこられることも無かったかと思うと、 未だに信頼してもらえてない自分の不甲斐なさに、つくづく申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 離婚成立までは「そんな小さい子供となんか会ってどうするねん?」 っていうアドバイスをする先輩もいた。
 その先輩のことは尊敬していて、どんな頼み事でも(どんな任務でも?)たいがい言うことを聞いてきたけど、これだけは同意しなかった。―― ―なぜか。

 僕は子供との面接交渉権って、 父親の権利ということだけじゃなくって子供にとっての権利でもあると思うんです。そりゃ、今は1歳9ヶ月で、 3ヵ月に1回会うだけの僕のことを父親だとはわからないと思う。でも、いずれ大きくなったときに「自分は父親に見捨てられたんじゃない」 ってことを認識してるだけでも、 母子家庭っていうこの日本で生きていくにはあまりに厳しい生活環境を乗り越えていくほんのチョッとの支えぐらいになるんじゃないかって、、、 自分勝手な思いこみですかネ?
 (もちろん養育費も大事な支えだけど、満足のいく額なんて渡せませんし、、、orz)

 ってことで、半年たってやっと自分の中で色んな物事のふんぎりがついたので、 このブログにも報告する気持ちになりました。(新しい恋とかはまだ無理かも知れんけどw)

 まったくの個人的な出来事を綴った雑文に最後まで付き合ってくれた読者の皆様には心から感謝です。m(_ _)m

<追記>
 「何で、そんなことわざわざインターネットで全世界にむけて報告するの?」って思う人もいるかもしれませんネ?
 実は職場の人とかには、世間話のときとか聞かれれば隠すことなくしゃべってたつもりだったんですけど、 結婚のときと違ってこういう噂って広がるのが遅いんですよネ~(汗) 半年経ったのにいまだに「お子さんは元気?」とか、 もっとひどいのになると「結婚したんだってぇ?」って聞いてくる同志もいたりして、、、orz
 ってことで、いっそのこと僕がしゃべる前に知ってもらってた方が話が早いゾってことで、ここに書くことにしましたw

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